おはようのむこうがわ。
いつもの朝。まだ薄暗い中、少しずつ色が変わってゆく空を見上げて、梓は学校に向かっていた。首には濃い桃色のマフラーを巻き、制服の上には、ワインレッドのダッフルコートを羽織っていた。普通の何処にでもいる女子高生。ただ少しだけコンプレックスを持っていた。今時、そんな人なんていないと思う。
男の子の前だと一言も喋れないなんて。
苦手なのではない。慣れたら大丈夫……らしい。現に親友の彼氏とは普通に話せる。入学して九ヶ月。今ではなんとかクラスの男子と「うん」とか「違う」とか「えー」とか、まぁ短いけど、喋れるようになった。でも。
本当に話したい人とはまだ一回も話せていないんだ。
「……寒い」
梓は、ぽつりと呟いた。今日はこれで何度目だろう。いちいち数えているほど、根気は強くない。それに、まだ登校中だ。数えていたら、帰りまで数え続けなきゃいけなくなりそうで面倒だった。
あと少しで校門、というところで、梓は立ち止まった。そして、左側に建つ家を見上げた。いつ見ても大きくて綺麗だ。冬でも花の香りが絶えない。
そんなことを思っていると、キィっと独特の音がして、門が開いた。梓は出てきた人と目が合った。
「あ、おはよう」
家から出てきた少年は、梓を見て言った。ちょっとだけ微笑む。
梓も返そうとした。したのだ。でも、上手くいくはずがない。同じクラスじゃないんだから。いや、そういう問題でもない。
「あ、う、へ」
梓は口をパクパクさせながら、よく分からない音を発していた。見る見るうちに顔が赤く染まっていく。少年は不思議そうな顔をして、梓を覗き込んだ。
「大丈夫?」
そう言われた瞬間だった。それが合図だったかのように、梓はくるりと方向を変えると、一目散に学校へ走っていった。
一人ぽつんと残された少年は、毎朝恒例の出来事に苦笑していた。
「で、今日も言えなかったんだ」
「な、な、なんで分かるのっ?」
明らかに動揺した声で、梓は言った。やれやれと里桜は首を振った。里桜の彼氏の棗が横で笑う。
「まぁ、俺と話せるようになっただけ進歩だって。ねぇ、梓ちゃん」
「なーつーめっ! それじゃダメだって分かってるでしょ? 棗は私の彼氏なんだからねっ」
「そう怒るなって。ちゃーんとお客さん連れて来たから」
棗が意地悪そうに笑いながら、梓を見た。梓は何故自分にそんな笑顔が向けられるのか分からなくて、ただ首を傾げた。里桜はため息をつきながら、棗に言った。
「じゃぁ、早く連れて来てよ。休み時間、終わるじゃない」
「昼休みまでのおっ楽しみ♪中庭でいてよ。そこに連れて行くから」
そう言い残して、クラスの違う棗は教室を出て行った。授業に間に合えばいいんだけど。
「ったく。何考えてるのよ、あいつは」
「仲良くていいな、里桜ちゃんと棗くん」
「梓には分からないよ、あの能天気の付き合いにくさがね」
ベーっと舌を出しながら、里桜は言った。そして、ちょっとだけ恥ずかしそうに微笑んで。
「でもね、あれがいいんだよ、棗は」
ラブラブでいいなぁ、と梓は零しながら、里桜の惚気を聞いていた。本当に幸せそうで羨ましかった。
「梓ー、中庭行こう」
四時間目が終わり、昼休みとなった。お弁当持参組の梓と里桜は、お弁当を持って中庭へ行った。ふと見ると、里桜の手には二つのお弁当がぶら下がっていた。
「二つも食べるの?」
「おい、何処の天然娘ですか、あなたは。棗の分に決まってるでしょー!」
「そっかぁ、棗くん、おなか壊さないといいね」
「……梓、それ素で言ってんの?」
「ん?」
「……ひどいけど、許してあげるわ。天然娘には何言っても通じないから」
「天然?」
里桜は大きくため息をついた。それと同時に、後ろから声がかかる。
「里桜ーっ!」
「あ、棗!」
一瞬で笑顔になった里桜を笑いながら、梓も里桜が振り返った方へ体を向けた。そして、硬直。カチン。
「梓ちゃん、連れて来たよ、お客さん」
「あ、棗、やるぅ♪ほら梓……って梓?」
梓は咄嗟に里桜の後ろに隠れた。棗が連れてきたお客さんはなんと朝の少年だったのだ。
「高野柚己です。棗とは同じクラスなんだ」
「私は幸加木里桜。棗の彼女です」
「うん、よく聞いてる。本当に可愛い子だね」
「取るんじゃねーゾ。てか、近づいたら殺す」
「あはは、大丈夫だって。棗の彼女に手を出せるほどバカじゃないから」
柚己は棗の肩をぽんっと叩きながら笑った。そして、梓の方に目を向ける。
「いつも会う子だね」
「え、う、あ」
「こら、梓、ちゃんと喋りなさい」
「でもぉー……」
「俺の労力を無駄にする気?」
「えー……ちょっと待ってよぉ……」
顔を赤くしながら、梓は俯いた。そして、ゆーっくり深呼吸をして、何処からそんな力が出るのかと思うほど、早口で言った。
「えっと、里桜ちゃんと同じクラスの香保里……です」
「ん? 早くて聞こえなかった」
「香保里梓です!」
「梓ちゃん。可愛い名前だね」
たぶん柚己は素で言ったのだろう。でも、そんな言葉に慣れていない三人は、顔を真っ赤にして柚己を見つめていた。
「え、何か変なこと言った?」
「い……いや、言ってないけど」
先に口を開いたのは棗だった。そして、里桜も首を縦に振った。ただ梓がこの二人のように振舞うことが出来なくて。慣れないことをしたからか、そのまま後ろにこてん、と倒れてしまった。
何処か遠くで呼ばれたような気がして、梓は目を開けた。一番に飛び込んできたのは色褪せた天井だった。保健室のようだ。綺麗な白いシーツを被せた布団が、梓の首元までかけられていた。頭だけを横に向けると、そこには誰もいなかった。あぁ、今は授業中なんだ、となんとなく思った。そしてすぐにチャイムが鳴り始める。……これは午後になってからの何回目のチャイムだろう。窓の方に目をやると、外はほんのり赤く染まっていた。ということは。
「……まさか」
梓は顔を青くした。まさか、まさか、まさか。
ガラリ、とドアが開いた。梓は入口の方に目を向けた。
「梓っ、大丈夫?」
「あ、目覚めたんだな」
里桜と棗が梓の元へ駆け寄った。……鞄を持っている。あぁ、やっぱりもう放課後なんだ。
「もう、全然目覚まさないから心配したんだよ」
「ゴメン」
「俺こそゴメンな。いきなり高野連れて来た俺が悪かった。ちょっと急かし過ぎたな」
「ううん。私こそゴメン。折角連れて来てくれたのに」
そう言いながら、ゆっくりと体を起こし、ベッドから出た。そして、里桜から鞄を受け取る。
「ありがと」
「いーえっ。親友だもの、当たり前」
「里桜ちゃん……」
梓と里桜が見つめあっていると、さっきよりも乱暴な音とともに柚己が入ってきた。
「ごめんっ、委員会あって……」
コチン。絶対ピッタリな音だ。梓はそのままの姿勢で固まった。それを見た里桜が本日三度目ため息。そして、固まったままの梓の体を柚己の方に向けた。
「大丈夫?」
「あ、う、はい」
「そう、ならよかった」
安心したように、小さくため息をついた。そして、優しく微笑んだ。
「寒いから気をつけて」
そう言いながら、ベッドの傍の椅子にかけてあった、梓のマフラーを手に取った。そして、ふわっと梓の首に巻く。隣で里桜と棗がぽかんとしていた。
「これで大丈夫」
「あ、う、へ?」
「ん? 何、言ってるの?」
「う、い、な」
「こら梓、ちゃんと喋りなさい」
すかさず里桜は突っ込んだ。それ以上ややこしくならないように、と願いを込めて。
「ありがとう、って言えばいいの」
「う、あ、ありがとう……」
最後は蚊の鳴くような小さな声になった。でも、ちゃんと伝わったらしく、柚己は「どういたしまして」と言って、ぽんっと梓の頭を叩いた。優しく、壊れ物に触れるようなやわらかさで。
「ま、まぁ、一先ず帰りますか!」
今まで黙り込んでいた棗が、沈黙を破るかのように大きな声で言った。ちょっとだけ声が震えていたが、それは気にしないでおく。たぶん、里桜も柚己も気づいてるだろうから。
「あんた、また逃げてきたでしょ」
何日か経った朝、また里桜は梓に言った。
「う」
「高野、めーちゃくちゃ苦い顔してたよ」
「え」
「あーぁ、なんか可哀想ね、高野」
「うぅ」
「……何かしなきゃね」
「え」
里桜は何かいい案を考え付いたのか、意味の分からない笑顔が零れていた。怖い。普通に怖い、その笑い。
「まぁ、放課後までの楽しみってこと」
そう言って、里桜は自分の席に戻った。梓は何か嫌な予感がして、小さく身震いをした。
「えぇーっ」
静かな教室に、普段聞きなれない声が響いた。もし隣のクラスに人がいたら、転入生だと思うだろう、きっと。
「無理、そんなの無理」
「いーから、黙って帰りなさい」
「ちょ、一緒に来てよぉ」
「高野、待ってるから早く行ってきなって」
「棗くんまでー……」
放課後、三人っきりになった教室でされたのは、罰ゲームに等しい案。喋れなかった罰として、一緒に帰れ、と言われたのだ。無理、無理、を連発する梓の意見は、これっぽっちもない。というか、受け入れてくれない。
「棗くんー、里桜ちゃん、説得してよぅ……」
その時だった。ばさっと何かが落ちた音がした。音がした方に目を向けると、そこには柚己が立っていた。
「あ、ごめん」
「いや……別に」
「あのさっ」
柚己は何か慌てているように、忙しく喋った。
「俺さっ、ちょっと用事できて……まぁ、先に帰るからっ、じゃぁなっ」
手を大きく振りながら、まるで煙のように走っていってしまった。
「何、急いでんだ?」
「知らないわよ。てか、今日は何もないって言ってなかったっけ」
「うん。だから梓ちゃんにこうやって言ってるんだろ?」
「だよね」
「なんか変だったね……高野くん……」
それに同意するように、こくりと頷き、柚己が消えていった教室の入口をしばらくの間、見つめ続けていた。まるで三人ともが悪い予感がしたかのように。
今日もいつもと同じ朝。……のはずだった。いつもと同じように柚己の家の前で柚己と会ったのだが、「おはよう」も無しに、さっさと学校へ向かってしまった。梓の存在を消してしまおうというかのようだった。
「……てなの」
珍しく朝一番に里桜の席に向かった。そして、今朝の話をした。不安で不安で仕方なかったから。そんな珍しい行動をとった梓を里桜は不思議に思いながらも、話を聞いていた。
「うーん……棗に聞いてみようか」
「お願い」
里桜は早速携帯を取り出すと、棗に電話をかけた。何コールか鳴って、棗は出たようだ。
「あ、棗? ……あのさ、高野のことなんだけど……」
里桜が電話をしている間に、梓は下げていた鞄やコートなどを机とロッカーに置きに行った。しばらく時間がかかるかな、と思っていたが、案外早く終わったらしい。里桜が手招きした。
「棗にもよく分からないらしいよ」
里桜は声をできるだけ小さくして言った。あんまり周りに聞かれたくなかった。梓が噂の的にでもなれば、今度こそ梓は倒れて目を覚まさなくなるかもしれない。それくらい梓は弱く見えていた。
「だから、放課後聞いてみるって言ってたから」
「……そっか。棗くんによろしく言っておいてね」
「おっけ。でさ。今日もちょっと遅く帰ろう。そうだね、棗たちのちょっと後ろを歩くよな感じで」
尾行みたいだけど、と付け加える。確かにそんな感じだ。
梓には迷いが少しだけあったが、その案に了解した。……本当にいいんだろうか、勝手に聞いても。酷く思われていたらどうしよう、というよりも、聞いていたことを知られたときの方が怖く感じた。
「おい、ちょっと待てって」
夕方、棗は柚己を引き止めるのに精一杯だった。何か感づいてるようで、無視して廊下を進んでいく。なんとか柚己の腕を掴んで、その歩調を止めた。そして、自分の方に体を向けさせる。
「……何」
「それはこっちの台詞だ。なんでそんな怒ってる」
「別に怒ってないよ」
「じゃぁなんで梓ちゃんを無視したんだ」
柚己は一瞬苦しそうな顔をした。でもすぐにさっきまでの表情に戻し、棗を見た。
「……むかつくんだよ、あいつ。お前には何でも話せるのに。普通に喋ってるのに。俺のときは、すぐ逃げるし、何もまともに話してくれないし。俺のこと、嫌いなら近づいてこなくていいのに。なんなんだよ、あいつはっ!」
「高野っ」
何処にいたのか、いきなり里桜が出てきた。そして、柚己と棗の間に入ると、大きく手を振りかざした。
パシーンっ。
やけに高い音が響いた。里桜の手は、見事に柚己の頬に当たった。
「って……何すんだ!」
「何、バカなこと言ってるのよ! 高野こそ何様なの。梓のこと、何にも知らないのに、そんな大きな口叩いてっ!」
里桜は柚己を睨むと、もう一度手を振りかざした。
「やめてっ」
今にも振り落とされそうだった手は、ピタッと動きを止めた。そして声がした方へと振り返る。柚己もそちらに目を向けた。
何故だろう。そこには梓が立っていた。まぁ、里桜と一緒に物陰に隠れていたのだが、柚己にとっては何がなんだか分からなかった。
「もう、いいよ。私がいけなかったの。だから、里桜ちゃん、いいよ」
「梓……」
「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい」
そう言って、俯いた。小さく肩が震えている。……泣いているんだ、と気付いた時にはもうそこに梓の姿はなかった。
ただ闇雲に走っていた。校舎内だろうがなんだろがお構いなしだった。幸いほとんどの生徒が部活に行ったか帰宅したかで、廊下には誰もいなかった。先生も管理棟で職員会議をしていて、気づいてもいなかった。
梓は、誰もいない化学室や調理室がある棟に来ていた。思い立ったように立ち止まり、近くにあったドアを開けて、教室に入った。そして、いつかの日のように開いたロッカーの中に身を潜める。誰も来ない、誰にも見つからない。梓はただただ泣いていた。溢れる涙を抑えることができなくて。ずっと泣き続けていた。
「梓っ」
里桜が叫んだが、聞こえていなかったようだ。そのまま梓は走り去ってしまった。里桜は悔しそうに唇を噛むと、棗に言った。
「探しに行こう、棗」
「あぁ。……高野。もう帰っていい。ごめんな、引き止めて」
「……」
「じゃぁ行くか」
そう言って、無言の柚己を残したまま、二人は梓が消えていった方へ走っていった。
これでよかったんだ。あんなうざいヤツにもう関わらなくてすむ。そう思っていた。そう思い込むようにしていた。
「よかったんだよ……」
反対のことを考えてしまわないように、自分に言い聞かせた。傷つけたのは俺なんだ。だからもうアイツは近付いてこない。イライラすることも苦笑いすることも無くなるんだ。
帰ろうとしたが、足が動かなかった。泣いているのに、ほっといていいのか? ……棗たちがいるから大丈夫だろう。……でも、見つからなかったら? 二人で校舎を探し回っていたら、何時間かかるか分からない。ここには旧校舎もあり、無駄に広いのだ。見つけられないかもしれない。
柚己はふと思い出した。入学したすぐのこと。ある女の子が友達を探していた。何でもいじめられて、泣いて走り去ったらしい。それを追いかけてきたのだが、生憎入学したばかりで内部の構造がまだ掴めてないらしく、手こずっていたようだった。柚己も同じようなものだったが、一人よりは二人がいいだろうと、その子と一緒に友達を探して回った。
「……くそ」
もしかしたら、あの時の女の子と同じ場所にいるかもしれない。あの場所はこの校舎内で一番古く、勝手に外から鍵がかかって出られなくなったこともあった。あの女の子も偶然そこに入り、出られなくなっていた。
もしかしたら、二人は知らないかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなくなり、柚己は走り出した。もしあの場所にいなかったら、もう帰ろう、と決めて。
ガチャ、ガチャ、ガチャ。
梓はさーっと血の気が引くのが分かった。手当たり次第で教室に入り、ロッカーの中で泣いていたのだが、何故か出られなくなってしまったのだ。外から鍵がかかったらしい。誰もいないはずだから、かけられたということはないだろう。
「ど……どうしよう……」
こんなところ、明日になっても見つからないかもしれない。……一週間、ここにいることになるかもしれない。だんだんと気持ちが落ち着かなくなってきた。心臓がバクバクと大きく鳴っている。落ち着かなきゃ、落ち着いて考えなきゃと思うほど、涙が溢れてくる。どうしよう。……私、どうなっちゃうんだろう。死んじゃうのかな。
そう思った矢先だった。
「梓っ」
勢いよくドアが開けられる音がして、自分の名前が呼ばれた。唖然となって声も出なかった。……探しに来てくれた?
その人は迷うことなく、ロッカーの鍵を開けていた。そしてばっと開けられ、眩しい光が入ってきた。
「梓っ」
そう言って、梓をロッカーから出し、立たせてくれた。だんだんと目が光に慣れてくる。
「……高野く……ん……?」
「バカ、何処に入ってんだよ!」
そう言って、抱きすくめられた。何がなんだか分からない梓はされるがままになっていた。
明かりに気づいた里桜と棗が教室に入ってきた。
「梓……と高野……?」
柚己には何も聞こえていなかったようだ。ゆっくりと話し出す。
「ごめん……俺があんなこと言ったから……ごめん。……棗に嫉妬してたんだ。どうして俺には話しかけてもくれないのに、棗だけには話しかけるんだって。笑いかけるんだって。嫌だった。俺にも笑いかけて欲しかった。せめて、おはようだけでも言って欲しかった。苦しかった。だからあんな態度とって……あんなこと言って。もう……許される資格なんてないな」
柚己は寂しそうに笑った。里桜も棗も少しだけ辛そうな顔をしたのが見えた。何か言わなきゃいけない、と梓は思った。上手く声に出るか分からないけど。伝えられるか分からないけど。溢れる涙なんてお構いなしに、梓は勇気を振り絞って、言った。
「……っ……わ、私っ……私……高野、くん、と……話したいよ……話したかった……ご、ごめんなさ、い……何、もっ……何も言え、なくて……」
「……」
柚己は何も言わずに、代わりに梓を抱く腕に力を込めた。梓は涙を堪えて、大切な言葉を伝えようとした。ゆっくり呼吸を正す。そして、震える声で言った。
「私、高野くんが好きです。だから、いっぱい話したい」
「うん」
柚己はこれだけしか言わなかった。でも梓はよかった。だた伝えられたことが嬉しかった。自分から何も話せなかったのに、話せたことが嬉しかった。
またいつもの朝が来る。これからは少し違う朝。そう確信して、梓は家を出た。いつもの道。いつもの交差点。いつもの小さなお店。そして、いつもの綺麗な家。その門の前には柚己が立っていた。いつも出てくるのを待っていたけど、今日からは待っていてくれる。今日からは一人じゃなく二人。
そして、もうひとつ変わったこと。
「おはよう、梓」
「……おはよう、柚己くん」
おわり。
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あとがき。
いかがでしたか?
今の時期には丁度いい物語ですが、
これは秋に誕生日を迎えた親友へのプレゼントだったものです。
結局渡せず、サイトでの公開を始めましたが。
おはよう、って言えそうで言えない言葉だと私は思います。
普段何気なく人に言っていますが、
好きな人の前だとなかなか上手くいきません。
私も何度も経験しました。
も言えたなら、その日1日がHappy!な予感がして、
ドキドキワクワクと1日を過ごせるんですよね。
ありがとう、も好きだけど、おはよう、も私は好きです。
気持ちが入れば、どちらもとてもいい言葉だと思います。
どちらも大切にしていきたいですね。
では、この物語があなたにとって大切な物語になりますように……
2007.01 紗芹 緋李。